東京高等裁判所 平成元年(行ケ)255号 判決 1992年2月20日
アメリカ合衆国
ニューヨーク州 一〇〇一七 ニューヨークイースト フォーティセコンド ストリート 一〇〇
原告
ノース アメリカンフィリップス コーポレーション
右代表者
トーマス エイ ブリオディ
右訴訟代理人弁理士
杉村暁秀
同
杉村興作
同
冨田典
同
梅本政夫
同
仁平孝
同
山中義博
同
本多一郎
同
沢田雅男
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官
深沢亘
右指定代理人
宇山紘一
同
今井健
同
宮崎勝義
主文
特許庁が昭和五九年審判第一〇五一三号事件について
平成元年六月二九日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨の判決
二 請求の趣旨に対する答弁
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「彎曲した超音波トランスデューサアレーの製造方法」とする発明(昭和五九年一月二七日、発明の名称を「超音波ビーム発生・受信装置」と訂正)について、一九七九年一二月一七日のアメリカ合衆国出願に基づきパリ条約四条による優先権を主張して、昭和五五年一二月一三日特許出願をし、右出願は昭和五六年八月一八日に出願公開(特開昭五六-一〇三五九八号)されたが、同年二月一七日付けで拒絶査定を受けたため、昭和五九年六月八日審判を請求した。特許庁は、右請求を昭和五九年審判第一〇五一三号事件として審理した結果、平成元年六月二九日、右請求は成り立たない、とする審決をした。
二 本願発明の要旨(特許請求の範囲第一項の記載に同じ)
(A)超音波エネネルギーの走査ビームを発生し、かつ、受信するか又はそのいずれか一方を行うために、(B)彎曲した線に沿って配置された複数個の超音波トランスデューサー素子(200)を具備し、各超音波トランスデューサー素子が超皆波エネルギーを彎曲の中心に向け、彎曲の中心から来る超音波エネルギーを受け取るような向きに置かれているアレーと、(C)電気パルスを超音波トランスデューサー素子に向けて出力する手段(240)及び超音波トランスデューサー素子から電気パルスを受け取る手段(250)と、(D)一群(220)の活性のトランスデューサー素子(200)を電気パルスを出力する手段(240)及び電気パルスを受け取る手段(250)に接続するための手段であって、活性素子群がアレー内の予め選択された数の隣接するトランスデューサー素子を具え、この予め選択された数が二以上であり、かつ、アレー内のトランスデューサー素子よりも小さい手段(440)と、(E)順次、活性群内のトランズデューサー素子を変え、活性群を彎曲に沿って漸進的にずらせる手段(460、470)とを具える超音波ビーム発生・受信装置において、(F)活性群内のトランスデューサー素子より発生し、受け取られた超音波エネルギーの合焦をはずし、この超音波エネルギーをほぼ平行なビームにして向けるようにすることを特徴とする超音波ビーム発生・受信装置(別紙図面(一)参照、なお、(A)ないし(F)の符号は当裁判所において説明の便宜のために付したものである。)
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨
前項記載のとおりである。
2 引用例
(一) 引用例三(特開昭五二-五六七八一号公報)には、「曲面」に沿って配置された複数個の超音波トランスデューサー素子を具備し、各超音波トランスデューサー素子が超音波エネルギーを曲面の中心に向け、曲面の中心から来る超音波エネルギーを受け取るような向きに置かれているアレーと、電気パルスを超音波トランスデューサー素子に向けて出力する手段及び超音波トランスデューサー素子から電気パルスを受け取る手段を具えた超音波ビーム発生・受信装置において、活性群内のトランスデューサー素子により発生し、受け取られた超音波エネルギーの「幾何学的な焦点」をはずし、この超音波エネルギーを「幾何学的な焦点よりも遠い点に結像する」ようにするものが記載されている(別紙図面(二)参照)。
(二) 引用例一(特開昭五四-三四五八一号公報)及び引用例二(特開昭五三-六六二五六号公報)には、超音波ビーム発生・受信装置において、超音波エネルギーの走査ビームを発生し、かつ、受信するか又はそのいずれか一方を行うために、一群の活性トランスデューサー素子を電気パルスを出力する手段及び電気パルスを受け取る手段に接続するための手段であって、活性素子群がアレー内の予め選択された数の隣接するトランスデューサー素子を具え、この予め選択された数が二以上であり、かつ、アレー内の超音波トランスデューサー素子の全数よりも小さい手段と、順次に活性群内のトランスデューサー素子を変え、活性群内をアレーに沿って漸進的にずらせる手段とを具えるものが記載されている(別紙図面(三)、(四)参照)。
3 本願発明と引用例三との対比
(一) 一致点
本願発明と引用発明三を比較すると、本願発明の「合焦をはずし、この超音波エネルギーをほぼ平行なビームにして向けるようにする」の内容が本願発明に係る明細書の「彎曲した超音波トランスデューサーアレーの物理的な合焦効果を弱め、超音波エネルギーのビームが一層平行なビームになるようにする。こうすれば患者の身体内奥深い点で超音波ビームを合焦させることができる」との記載(明細書一六頁第一〇ないし一四行)からして、引用例三の、この超音波エネルギーを「幾何学的な焦点よりも遠い点に結像する」ことと内容上の相違は認められない。したがって、両者は、彎曲した線に沿って配置された複数個の超音波トランスデューサー素子を具備し、各超音波トランスデューサー素子が超音波エネルギーを彎曲の中心に向け、彎曲の中心から来る超音波エネルギーを受け取るような向きに置かれているアレーと、電気パルスを超音波トランスデューサー素子に向けて出力する手段及び超音波トランスデューサー素子から電気パルスを受け取る手段を具えた超音波ビーム発生・受信装置において、活性群内の超音波トランスデューサー素子により発生し、受け取られた超音波エネルギーの合焦をはずし、この超音波エネルギーをほぼ平行なビームにして向けるようにするものである点において一致すると認められる。そして、この点に基づく作用効果は、本願明細書の前記記載のとおりであるところ、これが本願発明の主要な効果であり、かつ、引用発明三の有する効果であると認められる。
(二) 相違点
引用発明三が、「超音波エネルギーの走査ビームを発生し且つ受信するか又はそのいずれか一方を行うために、一群の活性トランスデューサー素子を電気パルスを出力する手段及び電気パルスを受け取る手段に接続するための手段であって、活性素子群がアレー内の予め選択された数の隣接するトランスデューサー素子を具え、この予め選択された数が2以上であり且つアレー内のトランスデューサー素子の全数よりも小さい手段と、順次に活性群内のトランスデューサー素子を変え、活性群をアレーに沿って漸進的にずらせる手段を具える」点を有しているか否か明らかでないところに相違点が認められる。
4 相違点に対する判断
前記相違点は周知事項であり、これに基づく効果も周知事項の持つ効果にすぎない。
5 したがって、本願発明は、引用例三に記載された事項及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法二九条二項により特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決の理由の要点1、2は認める。同3(一)は争うが、同3(二)は認める。同4は認める。同5は争う。審決摘示に係る本願発明と引用発明三との一致点の認定は誤りである。右誤認は、以下に述べるように、本願発明の技術的意義の理解を誤ったものであるから違法であり、審決は取消しを免れない。
すなわち、審決は、本願発明の構成(F)のうち「合焦をはずし、この超音波エネルギーをほぼ平行なビームにして向けるようにする」ことと、引用例三の「幾何学的な焦点よりも遠い点に結像する」構成が同一の意味内容を有するとした上で、この点における作用効果も異ならないとして、右各構成を両発明の一致点としているが、右認定判断は以下に述べるように、誤っている。
まず、本願発明に係る超音波ビームの発生・受信装置は、「彎曲した線に沿って配置された複数の超音波トランスデューサーを具備し、各超音波トランスデューサー素子が超音波エネルギーを彎曲の中心に向け、彎曲の中心から来る超音波エネルギーを受け取るような向きに置かれているアレーを有し、二以上で且つアレー内のトランスデューサー素子の全数よりも小さな数の隣接したトランスデューサー素子の活性群を、順次に活性群内のトランスデューサー素子を変えて活性群を彎曲に沿って漸進的にずらせるようにした超音波検査装置」を対象とし、右装置において生ずる問題の解決を課題としたものである。すなわち、かかる装置においては、超音波トランスデューサーアレー上の一群の互いに隣接するトランスデューサー素子を同時に動作させると、出力ビームは必然的に強く幾何学的焦点に合焦させられるため、合焦した領域においては高い分解能が得られるが、隣接する領域では分解能が低下するという問題点があった。本願発明はこの問題点の解決を技術的課題としたもので、「活性群内のトランスデューサー素子より発生し、受け取られた超音波エネルギーの合焦をはずし、この超音波エネルギーをほぼ平行なビームにして向ける」との構成(構成(F))を採択することにより、合焦した領域における分解能よりは劣るとしても、関心の領域にわたってほぼ一定の分解能が得られるようにすることによって前記課題の解決を図ったものである。
これに対し、引用発明三は、あくまで関心の領域の深さにおいて焦点を結ばせることを前提とした上で、目的とする深さ、すなわち関心の領域に焦点を移動するようにしたいわゆるトラッキングフォーカス(可変焦点)トランスデューサーを示したもので、ここでいう「幾何学的な焦点をはずす」とは「焦点を幾何学的な焦点より移動させる」ことであり、本願発明の「合焦をはずし、この超音波エネルギーをほぼ平行なビームにして向けること」とは異なる。
第三 請求の原因に対する認否及び反論
一 請求の原因に対する認否
1 請求の原因一ないし三は認める。
2 同四のうち、引用例三に関する記述は認めるが、その余は争う。
二 被告の主張
原告は、引用発明三は、「あく迄も関心の領域の深さにおいて焦点を結ばせることを前提」とするのに対し、本願発明の「合焦をはずし、この超音波エネルギーをほぼ平行なビームにして向けるようにする」ことの意味は、「関心の領域において焦点を結ばせない」ことを意味するものであり、両発明は右の点において相違すると主張する。
しかしながら、本願発明の明細書には右原告主張に沿う記載はなく、かえって、本願発明の明細書の「彎曲した超音波トランスデューサーアレーの物理的な合焦効果を弱め、超音波エネルギーが一層平行なビームになるようにする。こうすれば患者の身体内奥深い点で超音波ビームを合焦させることができる」、「合焦作用を弱める手段を設けて彎曲した超音波トランスデューサーアレーに固有の合焦効果を減殺している」等の記載並びに本願の補正後の明細書の「彎曲したアレーの場合は・・・超音波ビームがアレー円弧の中心で合焦してしまい・・・欠点が生ずる。本発明の目的は、・・・合焦させられた超音波ビームが発生することもなく・・・提供するにある。・・・超音波ビームの合焦をはずし・・・ほぼ平行なビームにして向けるようにする・・・特徴とする。」等の記載からすると、前記の「合焦をはずし、この超音波エネルギーをほぼ平行なビームにして向けるようにする」ことの意味は、物理的な合焦位置をはずし、この超音波エネルギーを身体内奥深い点で合焦させるよう、物理的な合焦位置のビームよりも一層平行なビームにして向けるようにすることを意味することは明らかである。なぜなら、合焦そのものは、指向性を良くし、分解能を高める観点から必要なものであるから、合焦は当然に関心の領域内にあるものであるからである。
そうすると、本願発明はこの点において、引用例三の「幾何学的な焦点をはずし、この超音波エネルギーを幾何学的な焦点よりも遠い点に結像することと一致するものであり、審決の前記一致点に関する認定判断に誤りはない。
第四 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
一 請求の原因一ないし三の各事実は当事者間に争いがない。
二 審決の取消事由について
1 本願発明の出願時点における超音波撮像装置の技術水準
成立に争いのない甲第二号証の一(本願発明に係る公開特許公報)及び同号証の二(本願発明に係る昭和五九年六月八日付け手続補正書)によれば、以下の事実が認められ、他にこれを左右する証拠はない。
超音波エネルギーのパルスを人体内部に向けて放射し、この放射された超音波エネルギーが人体内の組織境界その他の不連続部で反射されて帰ってくるエコーを検出することによって、人体内の器官を撮像する超音波撮像装置における超音波ビームの走査に関しては、従来、多数の超音波トランスデューサー素子を一直線状のアレーをなすように並べ、それらの超音波トランスデューサー素子を順次に動作させていき、一連のほぼ平行な超音波ビームで人体内の一定の区域を走査する方法と、超音波ビームを一つの原点を中心として振るいわゆる扇形走査(secter-scan)の方法が知られていた。そして、後者の方法の一つとして、曲線アレー上に並べた個別の超音波トランスデューサー素子を順次に動作させて扇形走査を行う方法が知られていた(ドイツ国公開特許願第二八一八九一五号明細書)が、このような超音波トランスデューサー装置における横方向空間分解能はアレー内の各超音波トランスデューサー素子の寸法に関係しており、右分解能を向上させるためには、超音波トランスデューサー素子を小さくしなければならないが、他方、各超音波トランスデューサー素子から出力される超音波エネルギーの量は右素子の寸法によって制限される関係にあることから、超音波トランスデューサー素子の寸法を小さくすると、超音波エネルギーの出力は低下するため、反射されて戻ってくる超音波エコーのS/N比が悪化するという問題点があった。また、単一の小さな超音波トランスデューサー素子から小さな超音波エネルギービームを放射すると、回折現象が起こり、ビームが拡大してしまうという問題点もあった。
以上の横方向空間分解能の低下という問題点の克服方法として従来技術において提示された方法としては、一直線状に超音波トランスデューサー素子を並べたトランスデューサーアレーを用いて平行なビームで走査する場合につき、一群の互いに隣接する超音波トランスデューサー素子を同時に動作させることにより超音波ビームのビーム幅を広げることなく、エネルギー量を大きくし、この超音波トランスデューサー素子群をアレーに沿って歩進させることにより、高い分解能と高S/N比が得られたが、かかる方法を前述した彎曲したアレー上に超音波トランスデューサー素子を並べて扇形走査を行う場合に採用したときには、一群の互いに隣接する超音波トランスデューサー素子を同時に動作させると、超音波ビームがアレー円弧の中心で必然的に強く合焦し、ファーフイールド(遠視野)では発散するため、分解能の高い扇形走査が得られず、医用撮像装置としては不適当であり、かかる一群の互いに隣接する超音波トランスデューサー素子を同時に動作させるという方法を、彎曲したアレー上に超音波トランスデューサー素子を並べて扇形走査を行う場合に直接適用することはできないという問題があった。
2 本願発明の目的、構成、効果
前掲甲第二号証の一及び二によれば、本願発明は、曲線状に超音波トランスデューサー素子を並べて扇形走査を行う超音波撮像装置において生ずる横方向空間分解能の低下という前述したところの従来技術の欠点の克服を技術的課題ないし目的とした発明であることが認められる。そして、その構成は、彎曲した超音波トランスデューサーアレー内において、一群の動作するトランスデューサー素子群を歩進させる技術に合焦を弱める手段を組み合わせることによって、超音波ビームの合焦作用を弱め、一層平行なビームとすることにより、高い空間分解能と高いS/N比を実現したものであり、その実施例として示されているところによれば、彎曲したトランスデューサーアレー上の中心にあるトランスデューサーFの両側に設置したそれぞれ一対のトランスデューサーを右Fからの距離に比例して遅延時間が長くしてある遅延回路を介して送受信スイッチ260に接続することにより、彎曲した超音波トランスデューサーアレーの物理的な合焦効果を弱め、超音波エネルギービームが一層平行なビームになるようにした装置が示されている(別紙図面(一)のFig.4)ことが認められ、他にこれを左右する証拠はない。そして、かかる構成を採用したことにより、従来技術における超音波トランスデューサー素子を曲線に沿って並べ、超音波トランスデューサー素子を一つづつ順次扇形走査していく超音波トランスデューサー装置(例えば、英国特許第一五四六四四五号明細書参照)に比較して、より高い空間分解能及び高いS/N比が得られたことが認められ、他にこれを左右する証拠はない。
3 引用発明三
引用例三(特開昭五二-五六七八一号公報)には、「曲面」に沿って配置された複数個の超音波トランスデューサー素子を具備し、各超音波トランスデューサー素子が超音波エネルギーを曲面の中心に向け、曲面の中心から来る超音波エネルギーを受け取るような向きに置かれているアレーと、電気パルスを超音波トランスデューサー素子に向けて出力する手段及び超音波トランスデューサー素子から電気パルスを受け取る手段を具えた超音波ビーム発生・受信装置において、活性群内のトランスデューサー素子により発生し、受け取られた超音波エネルギーの「幾何学的な焦点」をはずし、この超音波エネルギーを「幾何学的な焦点よりも遠い点に結像する」ようにした超音波撮像装置が記載されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証(引用例三に係る公開特許公報)によれば、同発明は、従来技術における結像による超音波視察系の分解能の改良の技術思想に基づくもので、右技術思想の一つの具体化である「可変焦点トランスデューサ」装置において、トランスデューサー及びそれに付属する電子回路の価格が環の数の増加により巨額化するという問題点を、環の数、価格及び付属の電子回路の複雑性を減らすことにより克服することを課題としたもので、その実施例に示されたところによれば、クロックパルスに接続された、時間的遅延素子の遅延時間を変化させることにより、トランスデューサーの幾何学的焦点の前後の所望の距離に焦点を結像することを可能ならしめたものであることが認められ、他にこれを左右する証拠はない。
以上によれば、引用発明三における前記の超音波エネルギーの「幾何学的な焦点」をはずすとは、トランスデューサーの幾何学的焦点に拘束されない「可変焦点トランスデューサ」を意味するものであることは明らかである。
4 取消事由
引用例三についての前記当事者間に争いのない事実及び前掲甲第三号証によれば、引用例三には本願発明の構成(B)及び(C)が記載されているものと認めることができる(審決が判断するように、引用発明三における「曲面」も断面でみれば、本願発明の構成(B)における彎曲した線に相当するものと認めることができる。)から、審決が本願発明が引用発明三と一致するとした構成のうち、本願発明の構成(F)が引用発明三に開示されているか否かが残された争点である。
審決は、本願発明と引用例三を対比し、本願発明の構成(F)における「合焦をはずし、この超音波エネルギーをほぼ平行なビームにして向けるようにする」との技術的意味は、本願発明に係る明細書の「彎曲した超音波トランスデューサーアレーの物理的な合焦効果を弱め、超音波エネルギーのビームが一層平行なビームになるようにする。こうすれば患者の身体内奥深い点で超音波ビームを合焦させることができる」との記載(明細書一六頁第一〇ないし一四行)からすると、引用例三の、この超音波エネルギーを「幾何学的な焦点よりも遠い点に結像する」ことと異ならないとする。
そこで検討するに、本願発明は前記認定のように、従来技術における超音波トランスデューサー素子を曲線に沿って並べ、超音波トランスデューサー素子を一つづつ順次扇形走査していく超音波トランスデューサー装置において、空間分解能向上のために超音波トランスデューサー素子の寸法を小さくすることに起因するビーム出力の低下によるS/N比の悪化を防止するために、一直線状に超音波トランスデューサー素子を並べたトランスデューサーアレーを用いて平行なビームで走査する場合につき、空間分解能及びS/N比の改善策として採用されていたところの、一群の互いに隣接する超音波トランスデューサー素子を同時に動作させることにより超音波ビームのビーム幅を広げることなくエネルギーの量を大きくし、かかる超音波トランスデューサー素子群をアレーに沿って歩進させる方法を採用することに伴う幾何学的焦点における合焦を、時間遅延素子を使用することによりビームをほぼ平行にすることによって、克服し、前記方法の採用を可能としたものである。したがって、本願発明における空間分解能及びS/N比の改善は、一群の互いに隣接する超音波トランスデューサー素子を同時に動作させることにより超音波ビームのビーム幅を広げることなくエネルギーの量を大きくすることによって図られているものであり、被試験対象物における合焦によるものではない。すなわち、本願発明は、扇形走査を行う超音波トランスデューサーにおいて、一直線状に超音波トランスデューサー素子を並べたトランスデューサーアレーを用いた場合と同様に、同時動作する隣接する超音波トランスデューサー素子の超音波ビームをほぼ平行とする構成(F)を採択することにより、所望の効果を得ようとするものである。
これに対し、引用発明三は、被試験対象物における合焦、すなわち、幾何学的焦点の前後の所望の位置における結像により超音波視察系における分解能の改良を図るものであることは、前述のとおりである。
以上によれば、本願発明と引用発明三が共に超音波トランスデューサー装置における分解能の改善を目的としたものであるが、両発明の採用した技術思想及びこれに伴い採用された構成が異なることは明らかであり、ひいては両者の作用効果を同一視することができないことは明らかというべきである。
5 被告は、本願発明の明細書には右原告主張に沿う記載はなく、かえって、本願発明の明細書の「彎曲した超音波トランスデューサーアレーの物理的な合焦効果を弱め、超音波エネルギーが一層平行なビームになるようにする。こうすれば患者の身体内奥深い点で超音波ビームを合焦させることができる」等の記載及び合焦そのものは、指向性を良くし、分解能を高める観点から必要なものであるから、合焦は当然に関心の領域内にあるものであることからすると、構成(F)のうち「合焦をはずし、この超音波エネルギーをほぼ平行なビームにして向けるようにする」ことの意味は、物理的な合焦位置をはずし、この超音波エネルギーを身体内奥深い点で合焦させるよう、物理的な合焦位置のビームよりも一層平行なビームにして向けるようにすることを意味することは明らかであり、本願発明はこの点において、引用例三の「幾何学的な焦点をはずし、この超音波エネルギーを幾何学的な焦点よりも遠い点に結像することと一致するものであり、審決の前記認定判断に誤りはないと主張する。
前掲甲第二号証の一によれば、本願発明の明細書中に被告の前記主張に沿う記載が存在することが認められるところ、確かに被告援用に係る記載中の「こうすれば患者の身体内奥深い点で超音波ビームを合焦させることができる」との記載からすると、本願発明は、幾何学的焦点における合焦をはずし、被試験対象物、すなわち「身体内置く深い点」で合焦させるものであるとみえなくもない。
しかしながら、前掲甲号各証の記載から明らかなように、右は一実施例に関する記載であるから、ひるがえって、本願発明の特許請求の範囲第一項の記載及び発明の詳細な説明の記載中の関連する記載部分についてみると、「活性群内のトランスデューサー素子により発生し、受け取られた超音波エネルギーの合焦をはずし、この超音波エネルギーをほぼ平行なビームにして向ける」(構成(F))との記載によれば、幾何学的焦点における合焦をはずすことは明らかであるが、これに続く「ほぼ平行なビームにして向ける」の意義については必ずしも一義的に明確とはいい難いところであるから、進んで発明の詳細な説明の記載を参酌するに、前掲甲第二号証の二によれば、分解能の向上を図る手段として一群の互いに隣接するトランスデューサー素子を同時に動作させる方法が「直線状のアレー」を持つ超音波トランスデューサー装置においては有効であるとの記載(一〇頁末行ないし一一頁六行目)に引き続き、本願発明の目的として「彎曲したアレーの場合は互いに隣接する一群のトランスデューサー素子を同時に動作させると本質的に超音波ビームがアレー円弧の中心で合焦してしまい、分解能が高い扇形走査が得られないという欠点が生ずる。本発明の目的は前述した種類の装置であつて、しかも合焦させられた超音波ビームが発生することもなく、一群の隣接するトランスデューサーを同時に動作させることができる装置を提供するにある。」との記載(一一頁九行目ないし一八行目)が認められるところである。これによれば、本願発明は、「直線状のアレー」を持つ超音波トランスデューサー装置において分解能等の向上に有効な、一群の互いに隣接するトランスデューサー素子を同時に動作させる方法を、「彎曲したアレー」における扇形走査においても採用することを可能ならしめることを課題としたものというべきであるから、前記の「ほぼ平行なビームにして向ける」の意義は、「直線状のアレー」を持つ超音波トランスデューサー装置における場合と同様の技術的意義を有するものと解するのが相当というべきである。
そうすると、本願発明は、幾何学的焦点における合焦をはずすものではあるが、被試験対象物における合焦によって、分解能の向上を図るという技術思想に基づく方法を採用するものではないというべきであり、本願発明に係る出願関係書類を精査しても、実施例に関する前記の記載部分以外に、被試験対象物における合焦を根拠づける記載はない。
してみると、本願発明の構成(F)の記載及び発明の詳細な説明における前記の技術課題に関する記載等を踏まえ、被告援用に係る前記の実施例に関する記載を合理的に解釈するならば、右記載部分の「患者の身体内奥深い点で超音波ビームを合焦させるできる」との部分は、患者の身体内奥深い点での合焦自体を目的としたものではなく、合焦効果を弱め、関心の領域(したがって、身体内奥深い点より前方にあることになる。)において「一層平行なビームになるように」した結果、「患者の身体内奥深い点で」合焦が生じたものと解するのが、より整合的であるというべきであるから、右実施例に関する記載部分についての被告主張は、本願発明の技術的意義を正解しないものといわざるを得ず、採用できない。
なお、被告は、本願明細書の「合焦作用を弱める手段を設けて彎曲した超音波トランスデューサーアレーに固有の合焦効果を減殺している」等の記載並びに本願の補正後の明細書の「彎曲したアレーの場合は・・・超音波ビームがアレー円弧の中心で合焦してしまい・・・欠点が生ずる。本発明の目的は、・・・合焦させられた超音波ビームが発生することもなく・・・提供するにある。・・・超音波ビームの合焦をはずし・・・ほぼ平行なビームにして向けるようにする・・・特徴とする。」等の記載を被告の前記主張の根拠として援用しているところであるが、これらの記載はいずれも、本願発明に係る彎曲したアレーを持つ超音波トランスデューサー装置において、前述した空間分解能を改善するための一群の互いに隣接するトランスデューサー素子を同時に動作させる方法を採用した場合に生ずる幾何学的焦点での合焦という欠点を指摘したに止まるものであり、これらの記載から、被試験対象物での合焦が明らかであるとすることはできないから、この点に関する被告の主張も採用できない。
被告は、合焦そのものは指向性を良くし、分解能を高める観点から必要なものであるとし、乙第一、二号証を援用する。なるほど成立に争いのない乙第一号証(一九八二年一月二五日産報出版株式会社発行、藤森聰雄著「やさしい超音波の応用」新版)には、「超音波ビームを集束させれば焦点付近のビームは狭くなり、横方向の分解能はよくなります」との記載(一七五頁五、六行目)、同第二号証(昭和六〇年四月二〇日株式会社コロナ社発行、社団法人日本電子機械工業会編「医用超音波機器ハンドプック」)には、「電子走査方式の利点は、微小振動子が電気的に分離されているため、それぞれの微小振動子に遅延時間を与え、超音波ビームの指向性を改善することができる点である。」(一三一頁右欄下三行目ないし一三二頁左欄上二行目)、「セクタ走査で、方位分解能を向上させるためには、一般に電子フォーカス法を用いる。」(一四三頁右欄下二、一行目)等の記載が認められるところであり、弁論の全趣旨によれば、原告においても被告の前記主張自体を争うものではないものと認められるところである。
しかしながら、超音波トランスデューサー装置において、合焦が指向性を良くし、分解能を向上させるのに役立つものであるとしても、超音波トランスデューサー装置において、分解能向上の手段として、合焦が唯一のものでないことは、前記1で認定したように、多数の超音波トランスデューサー素子を一直線状のアレーをなすように並べ、それらの超音波トランスデューサー素子を順次に動作させていき、一連のほぼ平行な超音波ビームで人体内の一定の区域を走査する超音波トランスデューサー装置において、一群の隣接するトランスデューサー素子を同時動作させ、ビームを平行にしつつ走査する方式を採用することによりS/N比を改善しつつ分解能を高めているトランスデューサー装置が存在することからも明らかである。もとより、分解能の向上度合いという観点から両者を比較した場合には、合焦方式における合焦点付近の方が優っているということができようが、この方式の場合においては、合焦点を外れればビームは分散し分解能は低下する(前掲甲第二号証の一、四頁一三欄二ないし七行目)ため、広い範囲で良好な分解能を維持するには、引用発明三のような可変焦点方式とする必要が生ずるところ、かかる方式には装置の複雑化という不利益も伴うものである(前掲甲第三号証、三頁左上欄一四ないし同頁左下欄一六行目)から、分解能の向上を目的とした超音波トランスデューサー装置であるからといって、必ず合焦方式を採用しなければならないといったものではない。これを要するに、いかなる程度の空間分解能を必要とするかという問題は、予め一義的に定まっているものではなく、超音波トランスデューサー装置の設計において、被試験対象物の種類、性質及び使用方法並びに当該装置から得ようとする情報の質等との関係において、装置構成の簡便性等の視点も含めて相対的に決定されるべき性質のものであるから、被告主張のように本願発明においても当然に超音波ビームの合焦が行われていなければならないとすることはできない。したがって、この点に関する被告の前記主張も採用できない。
6 そうすると、審決の本願発明と引用発明三との一致点に関する前記の認定判断は、本願発明についての誤った技術的理解に基づき行われたものというべきであり、右認定判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
三 以上の次第であるから、本訴請求は理由があるものとしてれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)
別紙(一)
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別紙(二)
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別紙(三)
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別紙(四)
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